【実例紹介】奈良国立博物館における多言語音声ガイド導入例 

今回は、多言語音声ガイドを導入例として、奈良国立博物館(愛称・奈良博)を紹介いたします。

歴史都市・世界遺産都市・奈良のメインストリートに面して、興福寺、東大寺、春日大社に隣接し、広々とした緑の奈良公園の一角に、奈良国立博物館が開館したのは1895年のこと。多くの国宝・重要文化財を有し、また奈良の多くの寺社仏閣の寄託品を誇る日本屈指の国立博物館です。

特に、仏教美術を中心とした文化財の収集・保管・展示・調査研究を専門としており、戦前には法隆寺の百済観音像、興福寺の阿修羅像などの、美術史上著名な作品も数多く寄託・展示されていました。

とりわけ毎年秋に17日間の会期で開催される特別展「正倉院展」が非常に有名です。近年は特に、奈良は世界的観光地としての人気も急上昇しており、奈良博も外国人観光客の受け入れ態勢の整備にも積極的に取り組んでいます。

今回、取材をお受けくださったのは、奈良国立博物館学芸部教育室長・絵画部門主任の谷口様です。

奈良博での多言語音声ガイドの取り組み、及び多言語対応の状況について、様々な内容の濃いお話を伺うことができました。なかでも、奈良博の子ども向けコンテンツへの取り組みが大変印象に残りました。

お話を伺ったあと、筆者は現在開催中の特別展「御大典記念、よみがえる正倉院宝物(再現模造にみる天平の技)」展(令和2年9月6日まで)を、スマホ音声ガイドを使って実際に回ってみました。

ミュージアムガイド

スマホ音声ガイドのュージアムガイドは、制作費や運用維持コストが非常にリーズナブル。また制作期間も短期間なので、美術館や水族館はもちろんイベントなどにも最適です!

1.多言語化整備の取り組み 進化する博物館

子ども向けにイラスト満載のワークシート小冊子「なぞとき!いのりの世界のどうぶつえん」日・英・中・韓の4言語で用意

1-1.音声ガイドの導入は20年前

奈良国立博物館は、毎秋恒例の特別展「正倉院展」を含めて、毎年5展程度の特別展及び特別陳列を開催しています。平常展としては、なら仏像館での名品展「珠玉の仏たち」、青銅器館での名品展「中国古代青銅器」が年間を通してあります。

音声ガイドを導入したのは今から20年ほど前。現在では、音声ガイドは、「正倉院展」を含めて年間3-4回企画・開催される特別展で導入されています。

こうした特別展における音声ガイドの多言語化は、2015年頃から、2020年の東京オリンピックに向けての政府による多言語化推進によって整備されてきました。

政府は特に、国立博物館では日本語・英語・中国語・韓国語の4言語による多言語化を推進しているため、奈良博でも、音声ガイドは基本的にこの4言語体制で整備しており、なら仏像館における平常展「珠玉の仏たち」においてもこれらの4言語で音声ガイドが用意されています。

1-2.毎年恒例の正倉院展では子供向けの音声ガイドも用意

次に、毎秋恒例の「正倉院展」について、より詳しく話を伺いました。

「正倉院展」は、昨年2019年(令和元年)で71回目を迎えた、まさに奈良博の顔となる展覧会です。

毎年10月末から11月上旬にかけて、会期は17日間と短いながら、この間に訪れる一日当たりの入場者数は、毎年1位が定位置という恐るべき展覧会です。

ちなみに、去年2019年の入場者数は27万人を越えました。

11月3日の文化の日には、一日当たりの入場者数が毎年2万人を超え、これは世界一を誇るくらいの入場者数だということですから驚きです。

谷口様によると、「正倉院展」は、天皇家の御宝物を、虫干しに合わせて、下々の者にも公開するというスタンスであるため、それ以外の他の展覧会ではお目に掛かれないような展覧会開催の伝統儀式も多いそうです。

宝物の選定は、宝物を管理する宮内庁正倉院事務所が行い、その後、宮内庁と奈良博の職員が参列する東大寺での法要、博物館の館長や宮内庁側正倉院事務所長も立ち会う宝庫の点検・梱包作業など「正倉院展」ならではの伝統儀式を経て、やっと開催に漕ぎつけるのです。

「正倉院展」がどれだけ別格の展覧会であるかがよくわかり、音声ガイドについては、毎年、日・英・中・韓の4か国語対応になります。

注目すべきは、この展示会で子ども向け音声ガイド(日本語)も用意されているということです。

こうした子供向け音声ガイドは「東大寺博士のまるわかりガイド」(有料)として、2013年から用意されるようになったそう。東大寺博士と「正子ちゃん」と「倉太君」(2人合わせて「正・倉」院)という男女の子ども3人のコミカルな会話を通して、正倉院の宝物についてじっくり学べるというもの。

子供向けコンテンツでありながら、大人も楽しめる、専門的で良質な内容が、子どもにも理解できるよう工夫されています。

なお、音声ガイドは、奈良博の教育室と音声ガイド制作会社が共同して制作を行います。

1-3.「いのりの世界のどうぶつえん」(わくわくびじゅつギャラリー)の事例 

いのりの世界のどうぶつえん

4言語翻訳の子供向けワークシート導入、ファミリー層外国人観光客への手ごたえ

奈良博の子どもと楽しめる展覧会づくりへの取り組みは、2019年夏のわくわくびじゅつギャラリー「いのりの世界のどうぶつえん」での成果にも表れています。

この展覧会は数々の仏教美術から、動物を表現している作品を選りすぐり、子どもにもわかるように紹介するもので、夏休みの子供向け企画です。

特記すべきは、この展覧会では音声ガイドは導入していませんでしたが、子ども向けにイラスト満載のワークシート小冊子(「なぞとき!いのりの世界のどうぶつえん」)を、日・英・中・韓の4言語バージョンで準備したということです。

ゆるキャラ風のかわいい動物キャラのナビゲーターが、展覧会の動物にまつわる全6問4択を各ページで紹介しており、これを持って、子どもたちは展覧会で作品をじっくり観察しながら回答していくという仕組みです。

小冊子の最後には、展示室で見つけたお気に入りの動物を鉛筆で描くページがあり、子どもたちがこのお絵かきに取り組むスペースも設けられ、出来上がった絵は、専用掲示板に張り出されます。

この企画は、愛らしいイラストも合いまって、子どもたちの心を掴んで大盛況となり、ノリノリの子どもたちで会場は連日満員。なんでも、絵を飾る専用掲示板は午前中には子供たちの絵で埋まってしまうため、仕方なくそれをはがして午後のためにスペースを空ける日もあるなど、奈良博にとっては嬉しい悲鳴を上げる子ども企画になったそうです。

とりわけ、中国人ファミリー層来場者への反響は大変なもので、中国語版ワークシートの配布数が日本語版を上回り、中国人のお子さんは積極的な子どもが多く、子どもたちの絵を飾る掲示板は彼らの絵でスペースの大半が埋まってしまったとか。

谷口様によると、奈良博は、中国人(中国本土のみならず、3分の1は台湾からの方々で、香港からの方々も多い)の富裕で教育熱心なインテリ・ファミリー層が多いそうで、中国人観光客の間の口コミ(ウエイボや微信などのSNS)でも人気のスポットとして定着してきているということでした。

2.多言語音声ガイドに関する奈良博の課題と展望

2-1.奈良博での現在(2020年8月)の多言語対応状況

以上、奈良博の音声ガイドやワークシートの多言語対応の取り組み事例を紹介しました。

ここで、音声ガイド以外の文字情報における、奈良博の多言語化整備の取り組みについて少し補足してまとめたいと思います。

奈良博では、正倉院展も含む特別展と平常展の名品展「珠玉の仏たち」はすべて、会場パネル、小冊子、配布物等は、日・英・中・韓の4か国語対応となっています。

この他、奈良博では、特別展などが開催される新館となら仏像館を結ぶ地下回廊も重要な展示スペースの一部になっており、奈良博の歴史、仏像の種類・作り方についての大型解説パネルが展示されています。

この地下回廊の大型パネルでは、日・英・中・韓の4か国語の他に、フランス語翻訳も加わり、計5カ国語対応になっています。

2-2.音声ガイドの方向性 ウィズコロナの時代に向けて

スマホ化、インバウンド対応(少数派言語への対応)、子どもへの対応

最後に、今後の多言語音声ガイドの課題と期待についてお聞きしました。

谷口様によると、コロナ感染拡大に従い、「ウィズコロナ」の時代に対応するため、音声ガイドは専用機器からスマホ音声ガイドへとシフトしていくだろうとの事でした。

奈良博は、60代以上の来館者の方が圧倒的に多いため、音声ガイド専用機器の需要は「ウィズコロナ」時代でも根強くあるだろうが、除菌などの観点からも、スマホを使った音声ガイドの割合を増やす方向性になるだろうと考えていらっしゃるそうです。

また、課題としては、音声ガイドを4カ国にとどまらず、少数派の言語へも開かれたものにしたいとのお考えです。

日・英・中・韓の4カ国は政府の推奨ということで行っているが、奈良博への国別の外国人来場者数を考慮した多言語化を目指したいということなのです。

というのも、奈良博の外国人来場者数は、ダントツで中国人、特に富裕ファミリー層が多く、またフランスをはじめとする非英語圏の欧米人、また仏教への信仰心の厚いタイ人なども一定数いるという特徴を有しているからです。

反対に、来場者数的に韓国人は少数で、音声ガイド貸出数もほとんどないとか。このような事情から国別来場者数の割合をもっと反映した多言語音声ガイド制作をしてゆきたいとのことなのです。

音声ガイドの4カ国語以上の多言語化は、展覧会の4カ国解説パネルにこれ以上他の言語を加えて煩雑化しないためにも有効だとのお考えです。

けれども、音声ガイドの多言語化はコストがかかるため、低コスト化を図ってゆきたいとのこと。

QRコード読み取り型を取り入れた多言語音声ガイドも取り入れたいが、まだ館内のWifi整備が整っていないため、まず館内Wifi整備を行ってから順次取り入れる方向も考えられるということです。

また、QRコード読み取り型多言語音声解説は、QRコードのマークの物質的な変更なしに、内容を随時更新できるのなら理想的だとのお考えです。

最後に、「いのりの世界のどうぶつえん」の大成功の先例にもかんがみて、引き続き、特に夏休みなどの子ども向け展覧会の開催と、そこでの多言語対応のワークシート配布や関連イベントの取り組みも継続してゆきたいとのことです。

ちなみに、こうした子供向けワークシートは、次項で取り上げる「よみがえる正倉院宝物」展でも継続して制作されています。「おしえて‼花ジカせんせい!~正倉院宝物をよみがえらせるの巻き~」というこどもガイド小冊子です。

愛らしく美しいイラストの漫画風の小冊子で、来館した子供たちがクイズに答えて楽しみながら学べるように配慮されています。

ミュージアムガイド

スマホ音声ガイドのュージアムガイドは、制作費や運用維持コストが非常にリーズナブル。また制作期間も短期間なので美術館や水族館はもちろんイベントなどにも最適!

3.「よみがえる正倉院宝物」展での音声ガイド導入事例

正倉院宝物

3-1.本展の多言語音声ガイド概要

ここからは、筆者が実際に特別展「よみがえる正倉院宝物」展でスマホ音声ガイドを使って回ってみた体験を報告します。

まず、この「よみがえる正倉院宝物展」の音声ガイドは、奈良博の学芸部が監修していますが、実際の制作は弊社ではなくA社が担当しており、この特別展の主催者の一人でもあるA新聞社の意向もあって今回は従来の専用機器による音声ガイドにプラスして、スマホに音声ガイドアプリをダウンロードして聞くスマホ型を初めて導入しています

これは、昨今の新型コロナ感染症拡大を配慮してのことです。また、言語は日・英・中・韓の4か国語対応で、ナレーションは元NHKアナウンサーなど、こだわりがあります。

音声ガイドの時間は全部で35分で、厳選した17ポイントの展示品についての解説が聞け、第4番「螺鈿紫檀五弦琵琶」という作品など、数点の楽器類の解説のBGMには、こうした古代の楽器の演奏が流れているなどの工夫もあります。

さらに、古代の楽器の音楽だけが楽しめる独立した音楽トラック(80番)もあります。筆者は、専用機器を使うか、スマホ型にするか迷いましたが、結局スマホ型にしました。

専用機器の良い点は、窓口の係の方にお金を払って機器を借りれば、すぐ使えるので、最初の段階での手続きがシンプルだということです。

気になる点は、やはり「ウィズコロナ」の状況だけに、衛生面に対する若干の危惧でしょうか(もちろん、係の方が一台一台消毒されていますが)。

スマホ型は、音声ガイドの告知ポスターにあるQRコードに自分のスマホをかざして、アプリをダウン―ドして、クレジットカードなどで料金を払う、という過程があるため、使用開始まで専用機器より少し手間が掛かるかもしれません。

けれども、ダウンロードさえしてしまえば、自分のスマホという気安さもありますし、専用機器よりも小型で持ち運びしやすいですし、専用機器よりプライベート感が高いです。また、画像もクリアで拡大も可能です。

3-2.実際に使って特別展を廻ってみました

こうして、自分のスマホで音声ガイドを聞けるようにして、実際に展覧会を廻ります。

多くの展示物の中で、どの作品で音声ガイドが聞けるのかは、音声ガイドマークと番号がついているので一目瞭然でわかりやすいです。

今回は昨今の新型コロナのため混雑していていなかったので、陳列ショーケースに近づいて、解説パネルを他の来場者と取り合う苦労はありませんでした。

混雑していたら、解説パネルに辿り着くだけでも至難の業でしょうし、他の方もいるので、そんなにゆっくり読む時間もないでしょう。

けれども、音声ガイドがあれば、解説パネル前の混雑を避け、少し離れたところで、解説を耳から聞いて展示物をじっくり鑑賞することができます。

また、この展覧会には、2番「漆槽箜篌(うるしそうのくご)・螺鈿槽箜篌(らでんそうのくご)」や4番「螺鈿紫檀五弦琵琶」など、古代の楽器も音声ガイドの解説に取り上げられていました。こうした楽器の解説のBGMにその演奏が流れていて、大変心地よく感じました。

楽器を目の前にして、解説を聞きながらその細部を目で追い、さらにその演奏の音色に包まれ、展覧会の会場から私だけ天平の御代にタイムスリップしたような没入感を覚えました。

そして、見逃してはいけない重要作品が、学芸員の目できちんと選りすぐられているのもありがたいです。

というのも、一見、「こんな作品どこがすごいの?」という展示品も、音声ガイドの解説対象作品になっていることもあったからです。

一見その重要性が素人にはわかりにくい作品も、音声ガイドの解説を聞くと、その作品のどこがそんなに優れているのか、どれだけ細かい技巧が用いられているか、などがクリアに理解・納得できました。

筆者は、解説パネルも読んで、音声ガイドの解説内容と比べてみたのですが、音声ガイドの解説の方がより詳しく、わかりやすいということが多々ありました。

今回、音声ガイドの解説に取り上げられている作品以外も鑑賞しましたが、時間があまりなかったり、混雑している場合、音声ガイドを使うと短時間で効率よく回れるというメリットがあります。

また、人気展で混雑が予想される場合、会期前にスマホに音声ガイドをダウンロードしておけば、作品のポイントを予習ができるので、実際に展覧会に足を運んだ時の余裕と理解のスピードが違ってくるでしょう。

しっかり鑑賞したい人には、スマホ音声ガイドを予めダウンロードしておくことは、大変おススメです。

さらに会期中は、そのダウンロードが有効で、解説や写真を自分のスマホで何度でも見れますので、作品を自宅などで復習することもできます。

スマホ音声ガイドのデメリットを挙げるなら、スマホを手に持っていると、監視の係員の方に作品を撮影するのではないかと思われるのではないか、と思ったことくらいでしょうか。

最後に、スマホ音声ガイドの博物館側のメリットとして、スマホ音声ガイドだと、人気展などの場合に起こりうる、音声ガイド専用機器がすべて借りられなくなっている、といったハプニングがない、ということが挙げられます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

奈良博の多言語音声ガイド・多言語対応の取り組みについて解説してきました。今回の取材で筆者にとって大変印象に残ったのは、奈良博の子ども向けコンテンツの充実への取り組みです。

毎秋恒例の「正倉院展」で子ども用音声ガイドや、夏休みなどの特別展での子ども向け4か国語対応ワークシート配布など、子どもが楽しんで学べる仕掛けが沢山用意されていました。

海外、特に欧米の美術館や博物館では、親が子供の誕生日プレゼントに、博物館・美術館での子ども向けガイドツアーや創作アトリエを贈ったりするほど、こうした施設は市民の身近な文化・教育施設として根付いています。

欧米などですでに実現している子どもや外国人も含む一般の人々が快適に楽しく勉強できるような文化・教育施設としての美術館・博物館の整備へ向けて、奈良博は確実に日本での地歩を固めつつあるのではないでしょうか。

その取り組みの成果は、奈良博の子ども企画のインテリ・富裕層インバウンド観光客への大反響にも、すでに結実しています。

世界に開かれた奈良博の先進的な取り組みから、今後も目が離せません。