「線路はつづくよどこまでも 野をこえ山こえ谷こえて」
歌の文句そのままに、列車が里山を走り抜けていく。 そんなのんびりとした旅を楽しむことができるのが、秋田内陸線です。
秋田県の内陸部、北秋田市と仙北市に跨るこの路線は、みちのくの小京都とも呼ばれ多くの武家屋敷が残る角館から、世界一大きな大太鼓が展示されている鷹巣までを結ぶ、全長94.2kmのローカル線です。
そんな秋田内陸線にこの春、新たにスマホ音声ガイドが導入されたとのこと。 いったいどんな内容で、どのような経緯から生まれたのでしょうか?
スマホ音声ガイドのミュージアムガイドは、制作費や運用維持コストが非常にリーズナブル。また制作期間も短期間なので美術館や水族館はもちろんイベントなどにも最適!
1 『ガッタンゴットン』とは?!
秋田内陸線の公式アプリ、その名も秋田内陸線スマイルナビ ガッタンゴットン。 このアプリは沿線エリアの観光情報や名産品、車窓から見える風景など、29駅すべてを対象にご紹介しています。その大きな特徴が2つ。
特長① 5か国語に対応
テキスト・音声共に日本語・英語・中国語(繁)・韓国語・タイ語の5カ国語に対応しており、国内外問わず幅広い層を対象に秋田内陸線の魅力を伝えることができる仕様になっています。
特長② GPSと連動した自動再生機能の採用
アプリがスマホに搭載されているGPSと連動することにより、列車の移動に合わせて最適なタイミングで音声ガイドを自動で再生します。 これによって見どころに気付かないまま通過してしまうといった悲劇を回避するとともに、豊富な観光情報をムリなく網羅することができます。
それでは、このような特徴をもったアプリは一体どのようにして生まれたのでしょうか。 今回は秋田内陸線を運営する秋田内陸縦貫鉄道の松橋さん に、開発のキッカケやこだわりポイントを伺うことができました。
2 音声ガイド誕生のきっかけ
2-1 秋田内陸線の名物サービス
松橋さんが所属されているのは、総務企画部。こちらの部署では総務や経理といった業務のほかに、観光案内・物販・レストランといった鉄道事業に付随する関連事業の運営なども行っていらっしゃるそうです。今回の音声ガイドづくりはその中の1つ、観光アテンダントというサービスがきっかけとなったそうです。
観光アテンダントとは、列車に同乗したスタッフが車内販売をしつつ、沿線の観光情や車窓風景についての説明を秋田弁で披露してくれるというもので、個性的なスタッフによる“おもてなし”が、のんびりとしたローカル鉄道の旅情と相まって多くのファンを生み、秋田内陸線の名物となっています。
この観光アテンダントは現在5名。全ての列車に添乗することはできない為、主に急行列車を中心に乗務しているのですが、このことについて松橋さんには常々抱えていた思いがありました。
(松橋さん) お客様の中には普通列車でゆっくりゆったりとした旅を楽しまれたい方もいらっしゃいます。 そういった方に、必ずしもアテンダントさんが乗っていなくても沿線の魅力を楽しんでいただく方法はないだろうかと考えていました。
2-2 ナビゲーションアプリというヒント
そんな思いを抱えていた松橋さんが着目したのは、スマホに搭載されているナビアプリでした。
スマホの普及と共に進化を続けてきたナビアプリは、既に個人が当たり前に活用するツールとして定着しており、その用途も自動車はもちろん徒歩や自転車など様々な移動手段に対応するものが登場しています。
(松橋さん) それならば、鉄道でも同じようなことができるのではないだろうか。
既存のナビアプリのように、列車が名所に差し掛かったら教えてくれる、次の停車駅の観光情報を案内してくれる、そんなナビアプリがあれば観光アテンダントが添乗していない部分をカバーできるのではないだろうか。こうして思いは少しずつ形を作り始めたのでした。
2-3 後押しとなった車両設備
また松橋さんがスマホの活用を思いついたのには、秋田内陸線がこれまで進めてきた車内設備の充実とそれら設備の新たな活用方法を模索していたという背景もあったそうです。
秋田内陸線では2016年度から各車両にWi-Fi設備と携帯電話の充電が可能なAC100Vの電源コーナーをそれぞれ設置し、どちらも乗客が自由に利用できる環境を整えてきました。
これら設備の充実はスマホ音声ガイドという発想の下地となっただけでなく、GPSを利用するというアプリの特長を使用環境の面からも大きく支える要因ともなりました。
3 制作のはじまり
3-1 こんなアプリはできないか?
音声ガイドづくりは「観光アテンダントさんがスマホから案内をしているようなアプリができないか」という相談から始まりました。
相談したのは、5年前から秋田内陸線の観光ガイドブック「ガッタンゴットン」を手掛けている会社。 選んだ理由は、ガイドブックの制作を通して自分たちがどのようなものを求めているのかを理解し、コミュニケーションも円滑に取れている点と、もう一つ
(松橋さん) ゼロから色んなものを作ると時間が掛かります。今ある“材料”を活用しながらステップアップしていくにはどうしたらよいかを考えました。
こうして企画会社へ相談を持ちかけたのが約2年前。そこから予算などの開発状況を整えるのに1年、実際の制作期間にも約1年をかけた2022年4月、音声ガイドアプリは完成しました。
3-2 制作の進め方
その後の制作過程は主に次のように進んでいきました。 企画会社側が完成イメージをもとに、アプリの設計プランや音声ガイドの草稿作成・ナレーター候補の選定など具体的な肉付けを担当。 松橋さんを始めとした秋田内陸縦貫鉄道側は、上がってきたプランや候補と完成イメージとを照らし合わせて選択・修正していく。 こういったやり取りを繰り返しながら、音声ガイドアプリは徐々に形となっていきました。
(松橋さん) どんどん具体的な形になって返ってくるので「やったやった」といった感じです。私が一番悩んだところは———お金をどこから持ってくるか、というところでしょうか(笑)
そんな冗談をおっしゃる松橋さんですが、アプリ開発には並々ならぬこだわりをお持ちでした。
4 アプリへのこだわり
4-1 一括ダウンロードのこだわり
近頃、現地へ行かなければコンテンツがダウンロードできない音声ガイドも少なくない中で、秋田内陸線のアプリは全てのコンテンツが全国どこにいても一括でダウンロードできる形になっています。その理由は、
(松橋さん) 旅マエ・旅ナカ・旅アトで楽しめる、ということですね。 旅の醍醐味には「どんな出会いが旅先に待っているんだろう」と考えながら情報を集める楽しみ、というものがあります。
旅行前に沿線の情報をキャッチして(旅マエ)、実際に列車に乗りながら「この駅にこんな場所があったな」と立ち寄るきっかけにしていただき(旅ナカ)、自宅に帰ってから旅の思い出に耽りながらアプリを開いていただく(旅アト)。
そんな風にさまざまな段階で使っていただける形にしたいと思いました。
音声ガイドの再生時には、同じ内容のテキストが表示されるので、聴力の不自由な方にもご活用いただける仕様になっています。
4-2 既存のコンテンツとの融合のこだわり
今回のアプリには、現在発行中の観光ガイドブック「ガッタンゴットン」の掲載内容も多数取り込んでいます。一部ではガイドブックのスマホ版とも紹介されるほどですが、こうした既存コンテンツとの融合にもこだわりました。
(松橋さん) 自分たちの思いだけを伝えすぎても、かえってお客様には伝わらない。どうシンプルな形でご案内をしていけばいいのか、と考えました。よりお客様に寄り添った、使い易さを体感できるものにしたかったのです。
このこだわりをもとに出来上がったアプリは、音声ガイドを聴きながらパンフレットも目で見て楽しめる形になりました。また列車の運行状況や運賃表、地図機能も搭載することでスマホ1台で各種情報にアクセスすることができるようになりました。
4-3 観光アテンダントへのこだわり
「観光アテンダントさんがスマホから案内をしている」というイメージの具現化は、このアプリ開発の中でも重要なポイントでした。
(松橋さん) 全長94.2kmは普通列車だと片道およそ2時間半。 内陸線を1日楽しんでもらうのであれば、動きながら情報をご案内するのが最適です。
今まさに到着する駅にどんな観光やグルメ・特産品があるのかが分かれば、途中下車して目当てを楽しみ、また次の目的地へと向かう、という楽しみ方をご提案することができます。
この役割をアプリが果たす為には、アプリも観光アテンダントさんと同様に、列車の運行に合わせて最適なタイミングで情報提供ができなければなりません。
それを実現したのがGPSと連動した自動再生機能でした。 これはスマホのGPS機能と連動したアプリが列車の位置情報を認識し、必要な情報を最適なタイミングで自動再生するというもの。
これによって乗客は“自分で情報を調べる”という能動的な情報収集から解放され、のんびりと列車の旅を楽しみつつ、情報を余すところなく受け取ることができるようになりました。
この機能の調整はなかなか大変だったそうで、テスト段階では音声が流れない、タイミングがズレるなどのトラブルもあり、またiPhone用とandroid用でもそれぞれ異なるなど調整を繰り返されたそうです。
(松橋さん) 山間部を走る鉄道なので、どうしても電波状況は不安定になります。「果たしてどこまで情報をピンポイントにご案内できるのか」という不安もありました。 だんだんと駅が近づいて来て、それに合わせた音声ガイドのタイミングがバッチリ合ったときには感動でしたね。 「あぁいいよな。これだったらお客さんに伝わるよね」と感じました。
駅と駅の間に流れる緩やかなBGMも耳触り良く、車窓を眺めていると自然と次の目的地への期待が膨らむ仕上がりとなっているそうです。
4-4 多言語対応へのこだわり
インバウンド対策としての多言語化は、観光に関わる方々にとってはもはや必須項目です。今回のアプリでも日・英・中(繁)・韓・タイの5か国語対応となっています。
(松橋さん) 各国旅行者の方に伝わる言い回しや表現であることが大切であると考え、翻訳には各言語を母国語としたネイティブスピーカーの翻訳者を希望しました。
ナレーターに関しても同様に、ネイティブの候補者の中から声から感じられるイメージや聴き易さなどを考慮して選ばれたそうです。
ところで、一口に中国語といっても簡体字と繁体字の2種類があり、それぞれ文字や言い回しが異なりますが、今回なぜ繁体字を採用されたのでしょうか?
(松橋さん) 秋田内陸線では、新型コロナ発生前まで台湾のお客様が多く、年間35,000人ほどご利用いただいておりましたので、このお客様へご対応する為です。
簡体字の使用地域は主に、中国本土・シンガポール・マレーシア。 繁体字の使用地域は主に、台湾・香港・マカオです。
秋田県の観光統計(以下に転載)を見てみると、コロナ禍前の2019年の時点で台湾・香港の訪日旅行者は中国の4倍以上であることが読み取れます。繁体字の採用はこれを反映してのものでした。
国名 | 韓国 | 中国 | 香港 | 台湾 | アメリカ | タイ |
年間 宿泊者数 | 7,290人 | 13,700人 | 8,210人 | 52,460人 | 6,740人 | 6,530人 |
出典:令和元年 秋田県 観光統計「国籍別外国人延べ宿泊者数(従業者数10人以上施設)の推移」
それではタイ語を採用されたのはなぜでしょうか?
(松橋さん) 秋田内陸線が走っている仙北市がタイ王国と積極的に親交を深めていく流れがあることを受け、将来的な利用者増を見据えて今回対応することにしました。
近年、仙北市では秋田県と連携したタイ市場への訪日プロモーションを活発に行っており、その効果もあってタイからの訪日旅行者数は増加しています。上記の表を見ても、タイはアメリカとほぼ同数で韓国に迫る勢いです。
では伸び率ではどうでしょうか、 先ほどの観光統計(延べ宿泊者数)を5年前(平成27年)まで遡って見てみると、韓国は右肩下がり(41.4%減 12,460→7,290人)であるのに対し、アメリカは201.7%増(3,340人→6,740人)と伸ばしており、さらにタイは646.5%増(1,010人→6,530人)と飛躍的に伸びており、コロナ終息後のインバウンド需要の回復と今後の伸びが期待されています。
中国語(繁)とタイ語の採用は、インバウンドの現在と未来を見据えた選択だったのですね。
制作を振り返って
インタビューの最後に、松橋さんに音声ガイドアプリ制作を振り返っていただきました。
(松橋さん) スマホはどこでも使える。鉄道に来なくても使える。情報はどこにいても取ることができる。という前提を忘れずに、そういった情報を現地へ足を運ぶきっかけに如何にするか、ということを考えながら制作にあたりました。
今はコロナ禍が収まり、多くの海外のお客様が戻って来られてこのアプリを使っていただけることを楽しみに待っています。 インバウンドのお客様の声をもっともっと集めながら、よりお客様に寄り添った、使い易さを体感できるものにしていきたいと思っています。
松橋さん、ありがとうございました!
まとめ
いかがだったでしょうか?
・単独の企画・制作物と捉えるのではなく、これまでの各種コンテンツとの繋がりをしっかりと踏まえ、また既存の素材・設備を活用しつつ、次の展開への発展性や拡張を見据えている点 ・ユーザーの「秋田旅行」という体験全体(旅マエ・旅ナカ・旅アト)の中で、アプリはどのように関わることができるのか、という視点で考えられている点
など、筆者は今回のインタビューを通してこの音声ガイドアプリが「様々な流れの中の1点である」ということを強く意識されたものであるところが印象的でした。皆様はどう感じられたでしょうか。
そんな「秋田内陸線スマイルナビ ガッタンゴットン」をぜひご自身のスマホで試してみませんか? 下記2次元コードからダウンロードできますので、ぜひ旅マエ体験からお楽しみください。